暇人大学放浪記

モラトリアムを持て余した暇人が日々起こった出来事に対する所感を徒然に書いていきます。

お題目

最近思うことを徒然にまとめてみた。

はじめに

 皆様、いかがお過ごしでしょうか?最近は雨天が続き学校に行きたくない日が続いています。僕は院進してから大学の課題が忙しく、研究を『明日やる明日やる』と言う馬鹿野郎になりながら、日々をのうのうと過ごしています。『めっきり人とも会わなくなってしまっているなぁ。』と感じます。研究室でズーッとパソコンに向かっていると何やら昔のことを思い出してしまいます。『こんなことがあったなー』とか、『あれ一体なんだったんだろうなー』とか徒然に思い出してしまいます。ボーッと思い出していると、不思議なことに何やら当時は気づかなかったことが分かることも出てきます。分かったところでだれに言っても伝わるものではなく、面白いことではないわけです。しかし、どこかに発散しないと気持ちが収まらないというのが人情というものです。そこで今回はボーっと思いだした僕なりの不思議な経験とそれに対する僕なりの独断と偏見にまみれた考察をここに書きなぐっていきたいなぁっと思います。それは、ある一つの本を出版するところから始まりました。(話がややこしくなるのを避けるために詳細のところに本のリンクを貼っときます。*1 )

 本記事では、僕が編集者の人に少しだけ関わった経緯を時系列的に紹介し、思ったことをまとめていきたいと思います。

なかみ


ことのはじまり

 僕はカレーを作るサークルでカレーを食べていました。それ以外は特に何もしていません。カレーは普通のレトルトではなく、Fig. 1に示すような、アジアテイストのカレーでした。正直僕はこれをサークルに入るまで知りませんでしたし、この後これが、サブカルの門戸を開ける鍵になるとは微塵も想像していませんでした。ただうまいなと思っていました。
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Fig. 1 カレーイメージ


 商売をしていると、良く通ってくるなじみの客という方が出てきます。その一人に編集者のAさんが居ました。Aさんはカレーを作っているうちのサークルの部長に興味があるらしく、気が付いたら本を出す流れになっていました。

はじめて会った出版社の方

 本を出すにあたり、いくつか記事を作らなければなりません。しっかりと編集者のAさんと行動を共にしたのは本に出す記事の取材の時でした。この時の取材はカレーに関係してタンドール窯を作る中小企業にお邪魔しました。ちなみにタンドール窯とは、Fig. 2に示すように、カレーに添えるナンを焼く専用の窯です。どうやらインド人相手に商売をする難しさ、JIS規格をクリアする必要があるなど、諸々の理由から、費用対効果がとても悪いらしく新規参入企業は居ないようです。


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Fig. 2 タンドール


 この中小企業はとてもディープな中小企業でした。(一体全体どこで、この企業を知ったのかは分かりませんでした。*2 )

 取材後、僕たちは本を出してくださる出版社のBさんと合流しました。飄々とした気さくな方でした。過去に蛭子能収さん*3ナンシー関さん*4の担当をしていたようです。僕は忘れられた時代を生きた人たちがまだ生きていると言う事(当たり前ですけど、同世代ではそういう昔の価値観なんて持った人もう居るわけないから実感湧かないんですよね。)、そして彼らが彼らなりにまた新しい文化を作ろうとしていると感じ密かに衝撃を受けました。

ぼくが見た舞台裏

 一通り著者が原稿を書き終えた後、本が無事出版されました。僕は本と言うものは出版したら終わりだとずっと思っていました。しかし、違いました。時代は出版氷河期です。出版したら誰かが買ってくれるなんてことはあり得ないわけです。*5買ってもらう努力は売ってから始まるのです。ラジオや新聞で取材してもらったりして、本の存在を知ってもらいます。本屋さんにもわざわざ行くときAさんはわざと『〇〇の本どこですか?』とわざと聞きます。そうして、店員さんに名前を憶えてもう様です。その積み重ねの先に重版があるのです。

 僕はその中で僕はYoutuberの方に本の紹介をする企画に参加しました。詳細は割愛しますが、僕はその時あの手この手を使い『サブカルの好きな方たち』が見つけられる丁度いい所に広告を打っているんだなぁと思いました。全て、こういう取材などは日ごろのAさんの活動や人的ネットワークによるものだと思いました。そうやって、何人かで集まって一つのまとまったカルチャーを作る時代になったのだなぁと思います。

編集者とは

 僕は活字離れと戦うAさんをみていていくらか思う事がありました。その一つが、どうやってこの人が生まれたのだろうか?という素朴な疑問です。その経緯を知るヒントとなる雑誌が最近出版されました。*6  内容の詳細は割愛しますが、Aさんは浪人の時に池袋で出版の道に進んだようです。僕はこの雑誌を読み、今の出版の就職のしにくさ、日本の基本的の固定した社会とは違う時代の日本をそこに見た気がしました。今はないけど、こんな時代が存在していたのだなぁ。っとしみじみ感じました。

おわりとこうさつ


フリーの編集者を通して

 本の出版作業を間近で見る機会を得ていくつか僕なりに思ったことがありました。先ず一つにホントにサブカルって色々な幅を持って居る様で繋がっていると言う事です。それを意図的につなげている部分があります。時代の移り変わりで多少は新しいサブカルが生まれてくるような気がしますが、意外と根っこは同じなのかなっと思いました。(ところで、『サブカルってそもそも定義何?』って聞かれることあるけど、これはまだ僕の中で決着ついてません。すいません。)  
 また、Youtuber等を見ていて思ったのですが、今は表現するという敷居が本当に低くなっていると感じます。簡単に自分の力で思ったようなコンテンツを生み出せる様になっている。それは、娯楽の価値が低下することを暗に意味していると思います。そして、オリジナリティってそんなにないんじゃないかなっても思いました。まぁ、個人的見解です。  
 最後にこんな貴重な経験ができたことを誰にともないですが、感謝したいと思います。

注訳と詳細

*1:僕が流れで変な経験をするきっかけを作ってくれた本です。
京大カレー部 スパイス活動

*2:どうやらタモリ倶楽部と言う番組にも出演されていたようです。
タモリ倶楽部 1月22日放送~インド人がマジリスペクト!タンドール窯の父、高橋重雄 : Halohalo online

*3:ヘタウマと言うジャンルを漫画雑誌:ガロ等で打ち立てた漫画家です。編集者さんは『ヘタウマって言うけどあれは単なる下手だったよね(笑)。』とおっしゃっていました。当時売れるとは思っていなかったそうな…。担当者も全部売れる売れないを分かりきってるわけではないんですね。一冊適当な本を挙げておきます。
蛭子能収コレクション 地獄を見た男?地獄編?

*4:1990年代あたりに活躍されていた芸能、サブカルエッセイストと言うフワッとした認識を持っています。彼女の本は京都のサブカルバーなどに置いてあったりします。Wikipediaによると、マガジンハウスの雑誌:ホットドックプレスから生まれた作家の様です(真偽は知りませんが)僕は当時自我が芽生えてなく、想像で『こんな時代があったのかなぁ』と思いを馳せる程度でしたが、まさかその空気を作った方に会えるとは思っていませんでした。話を聞いていて本当にあった時代なのだと思いました。一冊適当な本を挙げておきます。
お宝発掘!ナンシー関

*5:余談ですが、その後、漫画:『重版出来』を読み一人涙しました。単純とか言わないでね。
重版出来!(1) (ビッグコミックス)

*6:編集者さんのことを書いた雑誌です。何ページにあるかは秘密です(笑)。
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